海辺のカフカ 村上春樹 

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『1973年のピンボール』『風の歌を聴け』でデビューして以来、この作家とは、随分長くつきあってきました。ほぼ同じ世代に属しています。
『ノルウェイの森』『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』あたりまでは、かなり熱心に読んだ記憶があります。
その後は面白そうな作品だけをピックアップするようにしています。『ねじまき鳥…』も特に戦争関係の記述には迫真のものがありました。短編にもすぐれたものが多いです。
しかし今回の作品は以前のものに比べて、やや自己完結的になりすぎている気がします。最初から結論を全て見据えて書いています。それだけに破綻が少ないのです。つまり実感が十分に読者のものにはなりません。
登場人物が15歳の少年の設定にしては、あまりに老成しています。まるで初老の男のようです。それに疲れすぎています。
ストーリーそのものも、どこか以前のものに似通っていて、完全に没入しきれませんでした。
しかしナカタという老人の記述は面白いものでした。もっとも魅力的だったのはこの人と、彼を助けた青年ホシノくんではなかったでしょうか。
衒学的な内容も多々ある中で、ナカタさんが猫殺しの男を最後に嫌々ながら殺してしまうシーンは、一番リアリティをもっていました。
森や海のメタファーも多く散りばめられています。しかし特に新鮮なものとはいえません。それは中に出てくる詩も同様でした。
村上春樹はいまだに多くの読者をもっています。戦後の文学を軽々と超えてしまったという世評も手にしています。
しかし時代は進み、彼の持つ幻想や世界の枠組みでとらえきれないところまで来てしまったというのも、偽らざる実感です。
新潮社はこの作品のために特別なサイトをつくり、そこでのコミュニケーションを通じて、販促活動を行いました。しかしそれも今年の初頭には閉じています。
一冊の小説の寿命が短くなっていることの証左なのかもしれません。賞味期限が短くなり、人は自分の物語を十分に持てなくなっています。
この小説にあらわれるベートーベンに似た自我を形成することは、今や至難です。あらためて、小説の命ということについて考えさせられました。

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