父の肖像 辻井喬 新潮社 

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 一週間かけてやっと読み終わりました。実に650ページ。大作です。筆者の辻井喬は言うまでもなく、西武セゾングループをついこの間まで率いてきた堤清二です。
この小説は彼の父親、西武の基礎を築いた堤康次郎をモデルにしています。衆議院議長の要職をつとめ、さらには箱根、伊豆、軽井沢、国立学園村などをすべて一代でつくりあげた政商です。
筆致は最後まで冷静そのものです。父親に何人の子供がおり、それぞれがどのように父と対していったのかということが、細かく描写されています。
ここでは恭次という名前で登場する作者は、自分の母親が誰であるのかということをよく知りません。後に東大に入り、さらには共産党員となります。その後、結核にかかり療養している時に、病院で彼の母親を知っているらしい歌人に出会ったりもします。
しかし最後まで、その名前は明かされないままでした。
父の内面についてもかなり深く書き込んであります。基本的に肉親しか信用しない人間であったこと。女性にだらしなく、何度結婚してもなかなか一人におさまるということはなかったようです。その結果として、多くの子供ができ、それがまた後の家族騒動の元になっていくわけです。
国土開発や西武鉄道を手にした堤義明は筆者の異母弟にあたります。彼らをどのようにみていたのかということも、非常に興味あるところです。
ただし全てがノンフィクションというわけではありません。そこがまたこの作品の魅力に富んだところでもあります。
一面では母親探しのストーリーでありながら、他方では戦争という時代に突入していく中で、父親が満州を自分の目で見、大隈重信に直接教えられた政治というものの、ダイナミズムを描き出している点も面白いところです。
所得倍増計画にのった池田勇人に請われて、インドやヨーロッパ、さらにはアメリカを訪ね、その秘書としていつの間にか活躍するようになった著者の冷静な観察も鋭く描かれています。
堤の家の財産は何もいらないと父に反逆した息子は、しかし池袋にぽつんと取り残されたデパートを一軒だけもらい、やがては大きなセゾングループにまで成長させました。
さらには異母弟の経営していたプリンスホテルにぶつけるように、セゾンホテルの経営にも乗り出したのです。
しかしそうした間にも詩を書き続け、やがて実業の世界から魂の世界へ戻っていきました。
いずれにせよ、これだけの大作を父への鎮魂のために書いたのか、あるいは自分へのレクイエムとしたのかは、これから少し考えなくてはならないところです。
最後まで政治家よりも実業家であった父親の肖像をこれでもかと書き続けた息子の横顔に、今、光はあたっているのでしょうか。

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