渋谷 藤原新也

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 彼の本を読むのは本当に久しぶりのことです。『全東洋街道』や『インド放浪』『東京漂流』を読んだのは多分20年以上前だったと思います。フォーカスが彼の写真をとりあげ、大きな話題になったことがありました。あれはまだ創刊して数ヶ月後のことだったと記憶しています。犬が人間を食べている情景をそのまま撮影した、衝撃的な写真でした。
あの頃からこの写真家の撮るものはちょっと他の人とは異質なものでした。肉感的でありたえず汗や血のにおいがしました。あれから随分年月がたちました。今回、久しぶりに彼の本を手にとったのです。
読後感は非常にいい本を読んだなという幸福感に包まれています。もちろん、明るい内容ではありません。少女期をどう過ごしたかという3人の女性と著者との出会いをそのまま書き取ったものです。
基本は親から捨てられた少女達が、その後どのようにいきたかという軌跡を描いたものです。みな自然と渋谷に集まってきました。
ここでいう捨てられたというのはあくまでも精神的な意味を持ちます。自分の体面のために、子供の心情に触れることなく、彼女たちを人形のように扱った親の意味も含みます。いわばニグレクトと呼ばれる症状に似ているのかもしれません。
最後に出てくる仮称アサノサヤカの話は衝撃的です。援助交際というものを続けていくうちに、あらゆる色が見えなくなってしまうという症状を呈します。
大学教授の娘として育てられ、いつもトップにいることを余儀なくされました。母親は父親以上に体面を重んじ、彼女の心に触れることがなかったといいます。そのうち、突然緊張の糸がとけ、渋谷をふらつくようになりました。
著者はメールをもらい、それをきっかけにして、彼女の心の襞を解きほぐしていきます。
レストランでの会食の後、数ヶ月して突然のメールがありました。それによれば彼女はホノルルマラソンを完走したとのことです。最初誰もが敵対してみえていたのに、しばらくするとみなが自分を祝福してくれるように感じ、最後は海の色もみえ、ゴールではある女性に抱きしめられたということを淡々と書いてきてくれたそうです。
6時間近いマラソンは彼女に何をもたらしたのか。それを著者は考えます。この他、風俗店の中まで追いかけ、先刻の親子の風景を語ろうとする著者の姿も描き出されています。
誰もがこのようになっていく可能性をはらんだ時代とでもいったらいいのでしょうか。不安な現代をちょっと一枚はがしたところにある現実を実に的確に描き出しています。
藤原新也は明晰です。そしてあたたかい。そのことをしみじみと強く感じました。

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