月島物語ふたたび 四方田犬彦 

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月島に住み、その日常風景から出発しているだけに、強い説得力を持った本です。ニューヨークから戻り、なぜか月島の長屋に住み始めた著者は、そこに生きて暮らしてきた人々の歴史から解きほぐしていきます。
今では下町の代表とされるこの場所は、たかだか100年の歴史しか持っていません。偶然空襲で焼けずに残ったあたりから不思議な変遷をしていくのです。
ここに住み、毎日銭湯に通うことで、町の人との付き合いも深まっていきます。月島は多くの港湾労働者、鉄工所に勤務する人々、さらには築地の魚河岸関係者をそのまま内側にはらんで増殖していった場所です。
吉本隆明の出生地はわずか離れた隣の佃島ですが、月島とは全く違う文化圏に属します。彼の詩「固有時との対話」や「エリアンの手記」が生まれた背景をたどっていく方法論も楽しいものです。
さらには小津安二郎の初期の映画「風の中の牝雛」や黒澤明の「酔いどれ天使」についても言及しています。汚水だまりのようなところにある診療所を舞台にしたこの作品も、なぜか月島で撮られているのです。
中流から上流の家庭風景しか撮らなかった小津監督が、なぜ月島のそれも底辺にいる男女を題材にしたのかということについて、じっくりと語っているところにも興味をひかれます。
さらになんといっても楽しいのは、佃島の祭りの話です。住吉神社からの距離で月島の中にも厳然としたヒエラルヒーが存在しています。たった5分で行ける神社まで、一日をかけて御輿をかつぐ、その意味を自分自身の体験から論じているところも面白いです。
たった一つの通りの向こうとこちら側では、まったく仲間意識が違うという話は、実際に住んで、御輿をかついだ人にしかわからない話です。
昨今ではもんじゃ焼きのメッカとして知られる月島ですが、それまでは地下鉄もなく、大変不便なところであったそうです。いつの間にか地上げにあい、次から次へと町が変貌していきます。子供の駄菓子でしかなかったもんじゃ焼きが大手をふるうようになり、今では70件ともいわれる店が狭い空間にひしめきあっています。
当然つぶれて廃業する店もあるそうで、地上げをコミュニティの団結力で跳ね返した佃島との差を見事に筆者は活写しています。
その後、四方田は月島を離れ、久しぶりに訪れますが、横町はつぶされ、以前の雰囲気を保ってはいません。
いずれ、他の町と同様ツーリズムの餌食となり、朽ちて果てるのか、あるいはしぶとく生き残るのかは、これからの数十年にかかっているのかもしれません。
全編を通して、モノクロの写真が配置され、かつての時代を彷彿とさせます。こういう風景はもう日本からなくなってしまったということが、むしろノスタルジーだけでなく、哀しみとしても胸にせまってきます。
ここが下町であるという認識の誤りだけは、この本を読むことで十分に払拭されました。
筆者の視点のユニークさは巻末の建築家陣内秀信との対話の中でさらに明らかになったと思われます。そこにあるのは、かつての月島ではなく、まさに21世紀の月島そのものなのです。
最後まで飽きることなく、あっという間に読み終えてしまいました。やはりトポスには神話が宿っているのです。

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