清冽 茨木のり子の肖像 後藤正治 中央公論 2010年11月

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By: José Moutinho
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 いい本に出会えました。詩人茨木のり子の横顔を縦横に描いています。詩集『倚りかからず』は彼女の代表作となりました。73才の時の詩集です。

もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくはない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある

倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ

この詩は彼女の覚悟をそのまま世界に向けて発信したものです。いつも凛と生きることが、彼女にとっては至上命題でした。薬剤師の免許を持っていたものの、自分には不釣り合いだといって、一度も使ったことはありません。夫であった医師三浦安信は彼女が48才の時に亡くなります。それからは一人で生きる道を選びました。
俳優、山本安英との長い交友や、同人「櫂」の仲間達とのつきあい。詩人川崎洋との交流、さらに石垣りん、金子光晴に対する敬意。
そのどれもが彼女の詩魂を磨き上げました。
茨木のり子の実家は愛知県幡豆町。父はこの地区で開業医を長くつとめてきました。彼女はその家の長女です。しかし夫の郷里、山形県鶴岡市がやがて第二の故郷になりました。
夫との日常を描いた最後の詩集『歳月』は櫂同人、谷川俊太郎が最も高く評価しているもののひとつです。夫の名前のイニシャルYと書かれた箱の中に、その原稿は入っていました。彼女の死後刊行されたものです。

ひとりの男(ひと)を通して
たくさんの異性に逢いました
男のやさしさも こわさも
弱々しさも 強さも
だめさ加減や ずるさも
育ててくれた厳しい先生も
かわいい幼児も
美しさも
信じられないポカでさえ
見せるともなく全部見せて下さいました
二十五年間
見るともなく全部見てきました
なんて豊かなことだったでしょう
たくさんの男(ひと)を知りながら
ついに一人の異性にさえ逢えない女(ひと)も多いのに

2006年2月17日 死去。享年79才。
遺書は亡くなる2日前に用意されてあったそうです。
いい本です。採録されている詩が心をうちます。
詩人というものの持つ、心の深さと広さにあらためて敬意を抱きました。

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