彼の存在は誠に複雑です。
肯定するする人もいれば、否定する人もいる。とにかくいつでも話題を提供してくれる噺家でした。
業のままに生き、だれにも死に顔を見せずに亡くなりました。
きっと心のやさしい人だったんでしょう。
その分、強がっていなければ、芯が折れてしまったのかもしれません。
志ん朝との真打ちレースに負けた話は有名です。
辞退しろと志ん朝に迫ったりもしています。
しかし人一倍、志ん朝の芸を評価していました。
師匠小さんの葬儀に出ることはありませんでした。しかし手ひどくいじめられた柳朝の葬儀には出ました。
小さんはいつも胸の中にいると彼は呟いていました。
その彼が若い時代に心の中にあったありったけを綴ったのが、この本です。
最初に読んだ時は同僚から借りました。
もう古本屋にもなかったのです。
長い間、絶版でした。どうしても読みたい人は、『遺言大全集』第10巻を買わなければならなかったのです。
ぼくも仕方なく、図書館で借りました。
ところが数年前、三一書房が突如、復刻しました。それも残しておいた版があるとも思えず、きっとスキャニングかなにかの方法で出版したんでしょう。
初版の活字とおんなじです。
あんまりいい活字じゃなかった。その記憶のまま、必死に読み返してしまいます。
落語はこのままでは能と同じ運命をたどるに違いない。
それをどうしたらいいのか。
その真剣な焦りに、思わずエールを送りたくなります。
彼の真骨頂がたくまずして出ている出色の本ではないでしょうか。