寄席育ち

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落語
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何度読んでも、この本はいいですね。
今や、第一級の歴史書じゃないでしょうか。
明治から大正、昭和の落語界が一望できます。
圓生という噺家はこれだけの歴史を背負っていたんだなとあらためて感じます。
おそらく聞き書きでしょう。

喋った通りに文章が書いてある。
だから読みやすい。
当時の楽屋の様子が目に見えるようです。

豊竹豆仮名太夫という名前で義太夫を語り始めたところから、伊香保で胸をしたたか打ち、それ以降噺家に転じたこと。
師匠の逝去。
父親との関係。
名人圓喬の横顔。
どれをとってみても面白い。
この時代の寄席というものがどんなものだったか、彷彿としてきます。

今と違って芸人の地位というものがいかに低かったか。
事実、彼は自分の子供を芸人にはしていません。
巡業の話も面白い。
本当にあちらこちらへ行っています。
日本はもとより、中国への旅は志ん生とまさに生死をともにしたものでした。

この本の面白さは後半の芸談にもあらわれています。
自分の芸というものを早くつくりたいと思って師匠から早く離れてはダメだと説いています。
間が同じになるなどとよくいいますが、そんなことはない。
自然と違ってくるものだそうです。
さんざん失敗をしたあげく、呼吸を自然に覚える。
師匠の芸から離れる時期は、当人の勘ににまかせるしかないのが、本当のところだそうです。

くどい芸、水っぽい芸と二つをくらべてどちらがいいということもなく、自然にこれも真ん中に集まってくるとか。
塩加減、風味、口当たりも二度と同じものはできない。くすぐりと言われる薬味も入れすぎれば、全ての味が死んでしまう。
まず、基本から。
大きな噺ばかりをやっても、結局は身につかず、回り道をするだけだそうです。
何事も順序立てて。

一つ一つの芸談が身にしみます。
実際、高座に出てやってみると、さすがにこういう言葉が実感をともなうのです。
太鼓をたたいて、間を覚えろなどといわれると、なるほど、前座修行には意味があるんだなとしみじみ感心するのです。
表の間に、裏の間。
本当に芸の世界は果てしなく、深いものだと思います。
踊りもやらなくちゃ、所作事がきれいになりません。
気の遠くなるような道を圓生はたどってきたんですね。
あれだけ寄席に育てられた師匠が晩年、寄席に出られなくなったというのもなにかの因縁でしょうか。

ほとんど満足に学校へも行かず、彼にとっては寄席の楽屋が教室そのものだったのです。

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