フィルター・バブル

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昨今、何度もこの表現を耳にするようになりました。
ネットニュースなどを見ていると、アルゴリズムが動作し、興味のないサイトが自然に消えていくのを感じます。
AIの一部、検索アルゴリズムが自動的に働いて、本人の興味や関心にそった内容のニュースしか流さないということになるのです。

つまり見たくないものは見なくてもいい。
そこにある事実をAI技術が隠蔽していくのです。
というか、隠すという意識ももはやそこにはありません。
ただ自然になくなっていくのてす。

サッカーと野球にしか興味がない人にとって、他のスポーツはなくてもよいのです。
さらにいえば、日々の政治も事件も何もいらない。
非常に心地のよい、空間内へするりと導かれていきます。
まさにフィルターに包まれた泡(バブル)の中心への移動…。
繭の中にひっそりと棲息しているようなものです。

残響室の内部にいる状態を想像すればいいかもしれません。
自分の意見や考えが、再び谺のように戻ってくる。
心地のいい自足した空間です。
他者との軋轢もない。

日がな対戦ゲームをしていたい人にとって、目新しいニュースは必要ありません。
世間はむしろリスクそのものです。
いいねの書き込みだけを見ていれば、一日が過ぎていくのです。
現代はまさにこのような時代といえるのかもしれません。

政治や社会に関心を示さず、耳に心地のよいニュースしか見ない人々が多くなっています。
少し前にアルバイト学生らによる、ネットニュースの改ざんや、粗製濫造ぶりも話題になりました。
インターネットの時代は想像以上のスピードで、私たちの暮らしを内側から変質させています。

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