西行桜 辻井喬 

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不思議な読後感の残る小説です。タイトルからわかる通り、能の作品を下敷きにした中編小説から成り立っています。
竹生島、野宮、通盛、西行桜の4編です。
読み終わった今、まさに筆者の彷徨のあとに付き従ったという印象でいっぱいです。どれも夢なのか、現実なのかが明確ではありません。舟で竹生島へ渡っていく女の像を確かに見たような気もしますし、それがすべて幻影であったといわれれば、その通りかもしれないと信じてしまうのです。
ストーリーはそれぞれにありますが、内容を細かく述べてもあまり意味がないと感じます。むしろここに描かれた世界がまさに作家にとって実在の場所であるということが重要なのではないでしょうか。
様々な構成をとってはいますが、ここに登場する人物たちは、著者の分身であると思います。桜の散る中でチェンバロを弾き、やがて死んでいく女性の横顔には確かに、それを深く願っている作者を感じます。
どの小説もあまりにあえかで、しかし確実なことに驚かされます。
辻井喬の世界は言葉がきちんと屹立していて、安心して読める大人のものだと確信しました。
こういう地平の中で、経済人として生きてきた彼はいつどのようにしてその表情を使い分けてきたのかが、大変気になるところです。
作品としては最初の竹生島と西行桜にひかれました。野宮はまさに『源氏物語』に縁のある土地です。その意味で空蝉や幻という表現などがちりばめられた小説を楽しく読むことができました。

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