漱石の孫 夏目房之介

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ある番組の取材でロンドンへ行くところから話は始まります。まさかこんなことにはなるまいと思っていたようですが、漱石が眺めていたのと同じ風景を下宿先の窓から見た時、突然言葉を失ってしまいます。理由もなく、彼は自分が漱石に繋がっている人間だという実感を得たのです。
夏目房之介は一貫して、漱石との孫だと言われることを嫌ってきました。自分にとっては何の意味もないことだと一笑に付してきたのです。父親の生き方にも違和感を抱き続けてきました。いつも孫だと言われることがいやで、先生に抗議したことまであるそうです。
漱石が千円札になった時などは、マスコミの取材に対しても反応をしなかったとか。それだけの重圧があったのだろうと、同情さえ覚えてしまいました。
その彼がやっと漱石の孫であることを受け入れられるようになったのは、週刊朝日のデキゴトロジーというタイトルのコラムを通じ、なんとか漫画で生活できるようになってしばらくしてのことだったそうです。
もうそろそろ漱石の孫と呼ばれても、痛痒を感じずに、むしろそうした場所にいる自分とうまく接していけるという自信を得てからのことでした。
この本はつまり夏目房之介という人が、自らのアイデンティティーをいかにして築いていったのかという、苦労話ともとれます。夏目金之助の孫ではあっても、おれは漱石の孫ではないという矜恃もどこかに感じられます。
日本では文豪と呼ばれたりするものの、他の国では誰にも知られない存在であることを、彼は知っています。村上春樹や吉本ばななの方が、今をそのまま描ききっているとも書いています。
しかしそんな彼がたまたま『行人』を読んだ時、この考え方、思考法はまさに自分と全く同じだと感じるのです。血にめぐりあった瞬間でもありました。
全体を通じて漫画論なども散見することができ、なかなか楽しい本です。父親の話などや、漱石の妻、鏡子おばあちゃんの思い出なども載っています。不思議な味わいの本でした。

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