イギリスではなぜ散歩が楽しいのか 渡辺幸一 河出書房新社 2005年5月

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 タイトルにつられて読み始めました。冒頭、イギリスの友人を京都に連れてきた時の話です。楽しみにしていた京都駅で彼は妙な形のタワーを見ます。なんのためにこんなものが古い都市になくてはならないのか。日本人の美意識に疑問を投げかけるのです。
欲望刺激光線といってもいいような、たくさんの装飾とネオンが輝く町を歩きながら、あれだけ古いものをきちんと守り抜いている人々が、自動販売機の廃墟のような環境を自然に受け入れていることに驚いてしまうのです。
イギリスには景観に対する鋭い意識が根強く存在しています。高いビルを簡単に建てることはできません。再開発ということに対しても同様の厳しい目をもっています。
ハイライトは1970年代に再開発の始まった、ロンドン南部のテムズ川下流に沿ったサウスバンクの話にうつります。コインストリートと呼ばれるこの地域は時代と共に衰退し、次第にスラム化していきます。しかしロンドンの下町にあたるこの地域は、通勤にも便利なところなのです。
そこで再開発のプランがうまれました。その時、活躍したのがコインストリートアクショングループと呼ばれるNPOだったのです。
基本プランから、徹底して民間デベロッパーと対等な立場で参加していきます。高層ホテルの建設にも反対しました。
広々とした公園と遊歩道を確保したのです。最終的には民間の業者が建設を諦め、全てはNPOの手によってなされました。
この時の様子が実に詳しく示されています。ロンドン議会も後援を惜しまないという姿勢が、この奇跡を成し遂げるための力になったことは言うまでもありません。
どんな時でも人を中心に持ってくるという思想が、あらゆる階層の人々に根付いています。
昨今の日本の姿をみるにつけ、そのあまりの落差に悲しささえ覚えました。相場の5分の1で土地を住民側に売却した議会も、またすばらしいものです。
人に対するやさしさは障害者福祉などにもよくあらわれています。障害児と暮らしている親がたまに休息できるように、数週間にもわたって子供を預かってくれる制度などもあります。敗者が復活できる試験制度もあります。
実社会に出た後、学校に入り直すことも可能です。授業料にもさまざまな配慮がなされています。
いずれにしてもボランティアの考え方が生活に根付いているというところが強みでしょう。18歳くらいで親元から離れ、独立して暮らすのが当たり前の社会です。個人の尊厳を最大に尊重するために、互いに何ができるのかということを、ごく自然に考えているのです。
日本も随分と変化してきました。しかしこの本を読んでいると、底の厚みが違うなとしみじみ感じます。
がんばれと軽々しくいわないのがイギリス人だそうです。そうした表現は見あたらないとか。人々はもう十分に頑張っているのです。他人と比較せず、勝ち負けにこだわらずに生きるというところに彼らの芯の強さを感じました。
まさに今の日本人に必要なことばかりではないでしょうか。こういう国で散歩をすることはさぞ楽しいことに違いありません。
ぼくの体験でいえば、ロンドンの公園に大きなビーチベッドがたくさん並んでいて、みなが日光浴をしていた風景を思い出しました。そこには実にゆったりと時間が流れていたのです。懐かしい光景です。

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