ガーコン

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落語
By: Jin Kemoole
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とにかく元気です。
毎日、寄席でガーコン。

かなりの数の濃いファンがおります。
いつもこの本の宣伝を高座でしてます。
最近、本を書いた。売店で売ってるよ。多分、誰もよまないだろうけどね…。
師匠、かなり自虐的です。
そんなことはありません。
ちゃんと読む人もいるんです。

1931年、埼玉県秩父の生まれ。随分いろいろな仕事を転々としたようです。
1955年、三遊亭圓生の弟子になりました。高座名、三遊亭さん生。
しかし三遊派脱退騒動で、随分と人生の構図が変わりました。
正当派古典を信条とする圓生師からは疎まれ、再び、落語協会に復帰。

このあたりのことはかなり書いてあります。重かったことでしょう。
もう三遊亭の亭号も名前も名乗っちゃいけない。師匠に剥奪されたのです。
内弟子としてつかえ、それまで随分とかわいがってもらっていただけに、これはさぞつらかったことと思います。
円丈とは立場が違うけれど、共に苦い水を飲みました。
特にギターを持って寄席に出るようになった頃から師弟の歯車が狂ったんですね。
真打披露の口上に圓生がでることはありませんでした。弟子としては寂しい話です。

師匠が亡くなった翌日、やっとお線香を上げにいきました。
一緒に破門になっていた好生はその後名前を変えて落語協会に戻ったものの、精神を病み亡くなってしまいました。
あまりに師匠に芸風が似過ぎていた故の悲劇です。

1978年、圓生門下を離れ、川柳川柳と改名。
初代の笑点メンバーでもありました。
酒の上の失敗談を含め、いくらでも芸人らしいしくじりのある師匠。
それが『ガーコン落語一代』というタイトルの所以なんでしょうか。

軍歌、ジャズ、昭和歌謡と、今日もいい喉を聞かせてくれます。
いちどその高座をのぞいてみてはいかが。
川柳師匠の出ない寄席なんて…。

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